電子診療録の医療連携への応用と推進における問題点の検討


主任研究者:三原一郎

研究要旨

医療におけるIT化は、電子カルテが、徐々にではあるが、病院、診療所において着実に普及しており、表面上、順調に推移し ているようにみえる。しかし、昨年8?9月に実施された全日病の2082施設を対象に実施したアンケート調査では、電子カルテを導入した病院の25%は 「使えない」として不満を示し、電子カルテシステムの導入が医療の質向上に結びついていない認識の表れと考えられる。

電子カルテを代表とする診療情報デジタル化の最大の有用性は、患者情報の共有によってもたらされる医療提供の効率化、安全性の確保、チーム医療の推進、医 療連携の推進、等々にあると考えられる。しかし、現在、多くのシステムは、閉ざされた環境で稼動しているものがほとんどである。診療情報を電子化しても、 それが地域のなかで活用されていないことが、電子カルテステムが医療の質的向上に貢献できていない大きな要因のひとつといえるであろう。

今回の研究では、医療連携システムには、カルテ情報や画像を添付した紹介状のやりとりを可能とする「紹介状発展型」と、地域連携サーバに種々の患者情報を 集積し、医療機関同士でそれを共有する「ASP型電子カルテ(地域共通カルテ)型」に二分されることが示された。前者は大都市圏を中心とした広域の医療連 携に、後者は中規模の地方都市での医療連携に応用されている。

成功した地域には特徴がみられた。まず、リーダーとそれを支える人材に恵まれていること、実際の運用に当たっては一部の医師の真摯な取り組みに負っている こと、さらに、医師以外のコメティカル(看護師、薬剤師、介護師など)の参加がネットワークの活性化に有効であることも示された。また、ASP型電子カル テは、地方のある程度の規模の医療圏(人口10?20万程度)で成功しており、とくに、中核病院がひとつで、診療所が100程度の地域が、運用に適してい ると思われた。

現在の地域電子カルテシステムは、各地域のボランティア的活動に支えられているといっても過言ではないであろう。一部の真摯な取り組みが継続できるため に、負担をどう減らすか、さらには一般に普及させるためには何が必要であるかの今後とも検討を要する。また、地域中核病院のネットワークへの参加は、地域 の医療連携を推進するには不可欠であり、中核病院の参加がネットの広がりに大きな影響を及すことが想定された。

分担研究者

  • 辰巳 治之(札幌医科大学 ・ 解剖学教授)
  • 秋山 昌範(国立国際医療センター内科 ・ 情報システム部部長)
  • 根東 義明(東北大学大学院医学系研究科医学情報学教授)
  • 平井 愛山(千葉県立東金病院院長)
  • 中山 健児(なかやまクリニック院長 ・ 新宿区医師会医療情報委員会)
  • 武田 裕(大阪大学大学院医学系研究科生体情報医学教授)
  • 原 量宏(香川医科大学附属病院医療情報部教授)

A.研究目的

平成13年1月に経産省による「先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業 -電子カルテを中心とした地域医療情報化-」は、地域の中で診療情報を共有することで、医療連携を推進し、より質の高い地域医療を目指す、として企画され た医療分野におけるネットワーク推進事業である。全国から26フィールドが参画し、さまざまなシステムが開発され、実証実験が行われた。しかし、実験後、 その多くは実運用には至っておらず、一部の先駆的な地域で稼動しているに過ぎないのが現状である。

デジタル化された診療情報を複数の医療機関で共有し、医療連携に役立てるというしくみがなぜ定着、普及しなのか。本研究では、先駆地区の取り組みを通して、普及の課題を検討した。

B.研究方法

千葉県山武地区の「わかしお医療ネットワーク」、山形県鶴岡地区医師会の「Net4U」、大阪地域ヘルスケアネットワーク普及推進機構(OCHIS)、香川県周産期ネットワーク、かがわ遠隔医療ネットワーク(K-MIX)、宮城メディカルモールの各システムの稼動状況を、運用母体、運用費、ネットワークが利用している回線、登録患者数、参加医療機関、共有している情報(紹介状を含む)、システムが対象としている患者群、有用性、運用?普及の障害因子、などの項目について検討した。

C.研究結果と考察

○成功している地域における特異性

ASP型電子カルテが実運用されている地域には、ある特異性が指摘できる。まず、必ず強力な推進役となるなリーダーが存在 することであり、それを支える人材に恵まれていることが挙げられであろう。実際の運用に当たって一部の医師らの真摯な取り組みに負っていることも現実であ る。また、医師以外のコメティカル(看護師、薬剤師、介護師など)の参加がネットワークの活性化に有効であることも示された。さらに、ASP型電子カルテ は、地方のある程度の規模の医療圏(人口10?20万程度)で成功しており、とくに、中核病院がひとつで、診療所が100程度の地域が、運用に適している と思われた。

現在の地域電子カルテシステムは、各地域のボランティア的活動に支えられているといっても過言ではないであろう。彼らの真摯な取り組みが継続できるため に、負担をどう減らすか、さらには一般に普及させるためには何が必要であるかの今後とも検討を要する。また、地域中核病院のネットワークへの参加は、地域 の医療連携を推進するには不可欠であり、中核病院の参加がネットの広がりに大きな影響を及すことが想定された。

一方大都市型では、大阪のOCHISやかがわ遠隔医療ネットワーク(K-MIX)で実現されているような「紹介状発展型」(紹介状にカルテ情報や画像を添付しての医療連携)が敷居も低く、普及が期待されるが、まだ普及には遠い。今後の進展に期待したい。

○技術的設計と普及度

大阪のOCHISやかがわ遠隔医療ネットワーク(K-MIX)で実現されているような「紹介状発展型」(紹介状にカルテ情 報や画像を添付しての医療連携)は、医療機関にとって敷居が低く、参加しやすいシステムと考えられた。とくに大病院が多い大都市医療圏では、その普及が期 待される。

山形県鶴岡地区医師会が運用しているNet4Uのような「ASP型電子カルテ(地域共通カルテ)」は、電子カルテとして要件を満たし、機能的にはオールマ イティーの優れたシステムである。しかし、機能が多い反面、敷居が高く、医療機関が参加をためらう遠因になっている。また、参加医療機関ごとにその利用レ ベルにばらつきが生じ、医師間に差別化が生じ、それ故に敬遠される可能性も指摘できた。しかし、APS型電子カルテは、ある程度限局した地域で、かつ人的 ネットワークが確立されていれば、より質の高いチーム医療のための極めて有効なツールと考えられた。

○運用によって示された有用性

医療機関間の一層の機能分担と連携の強化による地域医療の向上、最新診療技術の病院から診療所への移転と地域への拡大による地域医療の向上、周産期医療の質的向上、医療の透明性の確保、チーム医療としての連帯感の向上、紹介状や訪問看護指示書作成の簡便化、検査データの時系列表示 ・ グラフを活用することによる、患者サービスの向上、重複投薬 ・ 併用禁忌薬の回避など、医療の安全面での向上。カルテ記載の質的向上、などの有用性が示された。

○運用あるいは普及の障害因子

1.人的問題
パソコン操作が苦手な医師やスタッフの抵抗感、キーボード入力などの手間、診療情報を公開することへの抵抗感、医療連携に消極的な医療機関の存在、電子ネットワーク以前に医療連携の基盤の欠如、人的ネットワーク の欠如、リーダー不在、ITに対する無理解、とくに組織トップの無関心、などが人的な阻害因子として挙げられた。
2.コスト
補助金活用型(開発費)のシステムの場合、運用をまかなえない為に頓挫しているケースが多い。運用費を誰が、どう負担するかは今後の大きな課題である。一方、各医療機関にとってはその経費負担が最大の問題であろう。医療提供者側に何らかのIT導入の経済的インセンティブを働かせることが必要で、例えば電子的診療情報提供加算など診療報酬請求上の配慮なども一例であろう。
3.システムおよびネットワークのパフォーマンス
ISDN規格の回線では、速度的にも十分とは言えず、問題がある。一方、鶴岡地区医師会のNet4Uは、通信に公衆回線(インターネット)を利用している。昨今のブロードバンドの普及で、ASP型の電子カルテでも、実用的な速度で運用が可能となっている。とくに、光ファイバーの利用で、あまりストレスを感じることなく、操作が可能である。また、インターネットの定額サービスを利用できるので、医療機関側の通信料はかなり安く抑えることができる。OCHISのような紹介状発展型のシステムでは、回線の速度はそれ程問題にはならないと考えられる。
4.セキュリティー
現時点では、個人情報の漏洩などの問題はおきていないが、今後はPKIを導入することにより大幅なセキュリティーの向上を図ることが期待される。

結論

電子カルテネットワーク(ITを活用した患者情報の共有)は、医療連携の推進、医療の質的向上、患者の利便性に有用である ことは実証されたと考えている。しかし、その運用、普及に困難がつきまとうのは、経費負担が最大の問題と考えられる。地域医療連携加算など、なんらかの診 療報酬請求上の配慮が是非とも必要である。

また、一方でITはあくまでツールであり、地域に医療連携のニーズあるいはその気運の高まりがないと、ITだけでは医療連携は進まないという、当然の結論 も今回の研究で示されたと考えている。ITを地域で活用するには、ITを利用しない地道な連携への取り組みも必須である。