東芝メディカル製総合健診システム「MHC/α」と
イントラネットによる地域限局型医療情報システム
三原 一郎 社団法人鶴岡地区医師会 医療情報システム委員長
遠藤 貴恵 社団法人鶴岡地区医師会 庶務課
はじめに
インターネット技術の普及により、WWWサーバ、メールサーバを中心としたコンピュータネットワークシステム(イントラネット)を比較的容易に構築することが可能となった。当地区医師会では、平成9年より、医師会のサーバを中心とし、各医療機関、医師会、訪問看護ステーションなどを相互に結ぶ地域に限局型したイントラネットによるコンピュータネットワークを構築し、さまざまなサービスを提供することで、地域医療の情報化を推進してきた。さらに、平成11年4月より既存の医師会(健康管理センター)内の健診 ・ 検査システムをすべてパソコンベースのTCP/IP上で稼動するシステムへ移行することで、会員が医師会内のさまざまなデータにアクセスできるインフラが整備された。このインフラを利用して、各医療機関から医師会内の臨床検査データをオンラインで閲覧できるシステムを平成11年5月より稼動させた。(図1)
健診システムについて
ハードおよびソフトウエアー構成
ソフトウエアーとしては、各社を検討した結果、東芝メディカル製総合健診システム「MHC/α」を採用した。本システムはサーバとして、東芝製UNIXワークステーションASシリーズ(SUN microsystems社製UNIXワークステーション同等品)を採用し、OSはSolaris2.5、データベースは汎用RDBである informix を使用する。クライアントは 34 台(施設内用、26台、施設外健診用、8台)を導入した。施設内用(東芝製デスクトップPC機)はOSとしてWindows NT Workstationを採用し、 施設外検診用(東芝製ノートパソコン)は独立してデータベースが稼働する必要があるため、OSをWindows NT Serverとし、データベース(informix)も組み込んである。
導入のいきさつ
当地区医師会としては2世代目となる健診システムは、平成5年に導入され、メインフレームであるM1400上で稼動していた。開発言語はCOBOLを使用し、JCLを使用したバッチ処理は基幹業務に即したシステムとして当事としてはポピュラーな手法であった。しかし、安定性や速度を求めてメインフレームを選択したものの、満足のいく結果は得られず、常になんらかのトラブルを抱えたままの運用を余儀なくされていた。発生した主なトラブルは受診人数の増加によるディスク容量の不足、OSの不安定さ、データベースの信頼性不足などシステム設計時からの根本的な問題も多く、仕様の不備やプログラムの不具合などの問題を山積みしたまま、Y2K問題に直面することとなった。システム修正を行い2000年を迎えるか、システムを新たに構築するかを検討した結果、現状のシステムを修正して対応したとしても、今後の情報化社会に即応したシステムの構築は不可能と判断し、新規システムを構築することとなった。その結果、平成9年11月東芝メディカル製パッケージMHC/αを導入し、クライアント ・ サーバ型システムを構築することになった。
導入に伴う利点
導入にあたって、過去2世代の健診システムの問題点を踏まえ、また当時推進中であった医療情報ネットワークとの親和性も十分に考慮した。その結果、以下のようなメリットを享受することができた。
- システムの拡張性
- メインフレームはディスク1台追加するだけで数百万円の経費が掛かる。ハードの追加は言うに及ばず、ソフトについても厳密な制約があり、新たな業務を基幹業務としてシステムに組み込むことは、ほぼ不可能であった。新システムはハードからソフトまで、比較的安価に追加が可能になっている。
- 同一ネットワークへの統合(医療情報 ・ 業務 ・ 健診 ・ 検査システム)
- 複数の異なるシステムが100BASE-Tの高速LAN回線で結ばれており、それらは一括して管理が可能になっている。また、既存のイントラネットによる医療情報ネットワークや医師会内の業務システムがすべて同一のプロトコールで繋がることとなり、各医療機関が電話回線を介して臨床検査データや健診データにアクセスするインフラが整備された。
- リアルタイムオンライン(検査システム、各種計測器)
- 血液検査や生化学などの分析器より出力されたデータは即、健診システムにて参照が可能になった。これにより受診者に対し、より迅速に指導を行うことができるようになった。
- 請求システム(請求書発行可能)
- 請求処理をシステムに組み込むことによって、従来手作業で行っていた煩雑な事務作業が軽減され、同時に正確性が増した。
- データ抽出処理(Excel等で集計可能)
- クライアントをパソコンにすることにより、表計算ソフト等を使用したデータの加工が可能になった。また、パッケージソフトには標準で健診データをCSVとして出力する機能があり、これを利用することにより実施主体側へのデータ提供が容易になった。
- 自由な画面設計、帳票設計が可能
- 往来のシステムはCOBOL言語を使用して帳票類を作成していたが、新システムではGUIな環境を備えたツールにより、帳票の変更 ・ 作成が簡易になった。また、標準で提供されるサンプル群により、新規に作成するプログラム量を削減することができた。
- 施設外健診の処理
- 施設外健診データの取込み時間が大幅に短縮し、また記憶容量が増大化したことで住民情報の増加を気にせずにデータを追加、更新することが可能になった。
導入に伴う欠点
しかし、メリットばかりではなく、次のような問題も発生している。
- 過剰負荷に伴うシステムのスピードダウン
- クライアント ・ サーバ型システムにおける宿命ではあるが、分散処理に弱いため、データベースサーバに対し過剰な負荷がかかると、極端に処理が遅くなる。
- データ移行
- システムの変更では避けられない問題ではあるが、過去のデータ移行に多大な労力を要した。
- 受付時の繁雑さ
- 請求処理に反映させるための受付時入力項目が増えたため、往来の受付に比べ処理が繁雑である。
- 職員の教育
- 機能が豊富に搭載されているが、それらを使いこなせる人材がごく限られている。また、パソコンに関する基本的なスキルがユーザー側で不足しており、クライアントがパソコンであるメリットを生かしきっていない。
イントラネットによる医療情報システム
1 ハードウエアー構成
ネットワークは医師会内の各部門に配置した10数台のパソコンと、医療機関、訪問看護ステーションなどの80台程度の電話回線で繋がれたパソコンから構成される。電話回線は、INS1500 1本で接続し、アクセスサーバとして、Dialup server(Ascend MAX2012)を導入し,24回線同時接続を確保した。サーバ群は、WWWサーバ、バックアプップサーバ、メールサーバ、DNSサーバなどを2台PC機と1台のUnix機に分散させて配置した。
2 ソフトウエアー構成
WWW Serverは Windows NT Server附属のInternet Information Server4.0とし、 データベース(Access)との連携は、ODBC経由でActive Server Pagesを利用し実現した(図2)。メールサーバは、UNIX(Solaris2.6)上で、稼動し、メーリングリストはフリーウエアーのmajordomoを採用した。なお、ここまでのネットワークの構築はすべて医師会で行なった。
3 サービスの概要
- 1) WWWを利用した情報発信
- われわれのWebサービスの特徴は、ほとんどの情報提供にデータベースを利用していることである。データベースを利用することでダイナミックな情報提供が可能になるばかりでなく、煩雑なホームページの更新作業を省力化できる。
- a.医師会関連行事予定表
- データベースとホームページの連携の簡単な応用例である。現在の日付以降の行事をソーティングして表示するので、事務員は順番を気にすることなく、データベースに追加登録するだけの作業で済む(図3)。
- b.電子伝言板
- 自由に書きこみができる伝言板(掲示板)で、これもデータベースとの連携例である。医師会から会員への連絡事項、会員同士での情報交換、医療に関する意見や議論などに活用されている。
- c.医療NEWS速報
- 各種メディアから発信されている医療情報をデータベース化して提供している。逐次アップデートされるので、最新の医療情報を入手できる。
- d.日医インターネットニュース
- 日本医師会のホームページから転載して掲示している(日医の了解済み)。
- e.会員情報検索
- Javaで開発した会員情報表示アプレット。Javaとデータベースとの連携には、JDBCではなく、ODBCとASPを利用している(図5)。
- f. その他
- 感染症情報、懇親会などの写真集、性格占いなども逐次更新しながら提供している。
- 2) メールシステムによる情報の伝達、交換、共有
- インターネットとは異なり、クローズドなイントラネットによるメールシステムであるので、ある程度のセキュリティーは確保されているのが強みである。依頼患者の病状報告、医療相談、往診依頼やその報告などに利用されているほか、役員用、各種委員会用、全会員用など各種メーリングリストが設定されており、そこは議論の場ともなっている。
- 3) 在宅患者情報共有システム
- 複数の医師が24時間体制で在宅患者を管理するために必要な患者情報の共有を目的とした患者情報データベースである。現在250名の患者が登録済みで、3グループ、10名の医師がこのシステムを利用している。患者情報としては、病名、病状、投薬状況、痴呆の程度や福祉サービスや訪問看護の利用状況など、必要と思われるデータは概ね網羅され、さらに、主治医が往診の度に、患者状態を記載するようにし、最新のデータを把握できるようになっている。なお、患者情報を保護するために、パスワードの発行を制限し、患者からはコンピュータに登録し、情報を共有する旨の承諾書をもらうようにしている(図6)。
- 4) 医療相談
- 地域住民向けに始めたインターネット上のサービスである。医療相談ホームページ(「メディカルパーク」と呼称)から所定の様式にしたがって投稿された質問を当地区医師会のそれぞれの専門医が回答し、ホームページにデータベースとして蓄積、掲載していく形式としている。ある量が蓄積された段階で、キーワードで検索できる機能を追加し、「メディカルパーク」を訪れることで、よく質問される疑問には答えられる、医療相談データベースの構築も目指している(図7、8)。
- 5) 臨床検査オンライン参照システム
- 本年5月から導入された臨床検査システムのデータベースを既存のイントラネットを介して参照できるようにしたシステムである((図9)。JAVAを使って独自に開発した。クライアントとデータベースサーバ(Windows NT上のマイクロソフトSQLサーバ)との連携には、分散オブジェクトであるHORB(Hirano Object Request Broker)をミドルウエアとして採用し、3層構造としてある((図10)。このシステムでは、臨床データを経時的にまたグラフ化して表示できるが((図10,11)、今後は他医療機関の検査データの閲覧も可能とする予定である。こうすることで、検査の重複を避けることができるなど、医療機関側のみならず患者サイドにとってもメリットの多いシステムになることが期待される。
情報システムが地域の医療に何をもたらしたか
- 会員、医師会、訪問看護ステーション間での、相互のコミュニケーションが量、質ともに増加し、その一体化に寄与した。
- 迅速な連絡網が確立した。
- 患者情報の共有化を可能としたことで、在宅医療24時間管理体制の確立に貢献した。
- ネット上で医師間、医師-看護婦間での医療相談(画像などを利用)を可能とした。
- メーリングリストや伝言板を利用した議論、会議などが可能となった。
- 医師会の提出した臨床検査結果を迅速に、時系列で閲覧できるようになった。
- 医師会事務局内業務のOA化を推進した。
- 会員および職員のコンピュータに対する関心、知識の向上がみられた。
- 医師会内の健診 ・ 検査システムをパソコンベースのLANを基本としたシステムに変更したことにより、会員が健診、検査データを参照できるインフラが整備された。
情報システムの今後の課題
- コンピュータリテラシーの問題
コンピュータを使わない、使えない会員がまだ大多数である。また、使える会員でも積極的にネットワークを利用しようという姿勢に乏しい。
- メンテナンスの煩雑さ
多くの会員がトラブルに対応できないため、事務員にかかる負担が大きい。
- 会員数の頭打ち
- 病院、保健所、福祉、自治体などとの連携が進まない。
おわりに
以上、ここ2年半、急速な勢いで進めてきたわわわれ医師会の医療情報システムを概説した。この情報システムは、明確な目的意識があってはじめたものではない。むしろ、情報化とは比較的馴染みにくい医師会という組織に、コンピュータネットワークという情報インフラを持ち込んだらどうなるのかという実験的な試みであったと考えている。結果は予想以上に大きな影響を地域医療にもたらした。それは外には「情報開示」、内には「連携」が進んだということであろう。一般の住民にとっては、医療マップを含む各医療機関の専門分野、休診日、診察時間、休日診療所の当番医などが開示されたし、医療相談を通して質問に応じた医療知識の公開、開示が実現された。また、検査結果を表としてまたグラフ化して積極的に患者サイドに公開できる基盤ができた。一方、われわれ医療提供側にとっては医師会、看護婦、各医療機関でのコミュニケーション量が大幅に増大し、お互いの連携が確実に推進したことが特筆に価するであろう。
また、当地区医師会は、健診 ・ 検査センターも運営しており、地域住民の健康管理を行なう立場にある施設でもある。健診や検査データを地域の医療情報システムのデータベースとして位置付けることで、住民の健康サービス、医療サービスの向上に役立てて行きたいと考えている。そのためには、東芝メディカル製総合健診システム「MHC/α」の導入により、これらデータベースが既存のイントラネットと統合された意義は大きいと考えている。
地域の中での医療の質の向上は、各医療機関が個々として機能するだけではなく、相互に連携し合い地域全体として機能することにある。その連携の根幹になるインフラが医療情報ネットワークの役割と考えている。まだ始まったばかりの情報化であり、問題も山積しているが、情報化が地域医療の向上に寄与する有効な武器であることに異論の余地はないと考える。
[メディカルビュー vol24 p32 2000]