地域医療と情報システム

鶴岡地区医師会 三原一郎




それは、今から3年前のことだったと思う。当地区医師会のある理事から食事に誘われた。ちょうどその頃NHKで「電子立国日本」というコンピュータを題材にしたシリーズを放映中であったのだが、話上手なその理事はこの番組を持ち出し、ビルゲイツの成功談などで盛り上げた後、「どうだ医師会に入ってコンピュータをやってみないか」と誘いをかけてきた。きたきた、今日はこれで誘われたんだなと冷静に敵の作戦を見抜くことはできたものの、好きな酒とコンピュータのダブルパンチにはかなわず、「やってみまあす」とあっさり承諾してしまった。

さて、引き受けたからには何かをやらなければいけない。やるべきことは、医療機関、医師会が相互に医療情報を交換できるシステムを地域の中に構築すること、すなわち、イントラネットによる地域限局型医療情報ネットワークの構築と、漠然と頭に浮かんだのではあるが、具体的にどう実現すればよいのか。業者に依頼するのか。それではわれわれのの思ったようなものは作れないであろうし、費用も相当かかりそうだ。やはり、自前で自分たちのための使いやすいシステムを作り上げて行くしかないというのが、私の結論であった。それからは、さまざなな実験の連続である。今でこそイントラネット構築のノウハウは一般化しているが、当時、そのような情報は限られていたため、自宅の2?3台のパソコンをネットワーク化しさまざまな実験を繰り返し、1996年の末には医師会にサーバーを置いたイントラネット構築の見通しがついた。

1997年は、いよいよわれわれ医師会の医療情報ネットワーク元年である。まず4月にインターネット上にホームページを開設した(東北地方の医師会として一番乗り)。内容は医療マップを含む各医療機関情報の充実度において他の医師会のホームページと比較しても遜色のないものと自負している。次で6月には医師会にサーバを設置し、各医療機関、医師会、訪問看護ステーションを結ぶイントラネットを立ち上げた。Webサーバーではデータベースを中心に据えて、行事予定、各メディアから最新の医療情報を提供するニュース速報、日医インターネットニュース、会員情報、コミュニケーションの場としての電子伝言板などのさまざまな情報、サービスを提供し、各施設間はメーリングリストを含むメールでの情報交換交換を可能とした。そこでは、患者情報のやり取りや、画像データを利用した看護婦、医師間での医療相談、医療問題の議論などさまざまに活用されている。スタート時には20?30人であったネットワーク会員も、現在約70にまで拡充した。

また、医師会のサーバに在宅患者情報をデータベースとして蓄積し、そのデータを共有することで複数の医師が24時間体制で在宅患者を管理できるシステムの運用も時を同じくして開始した。現在、200 名程の患者情報が蓄積され、これら情報は医師や看護婦が往診するたびに更新されている。登録された会員であれば、どこからでも患者の最新情報を参照することでできるので、依頼を受けた医師にとって、また救急医療の際にも有用なシステムになると期待される。

昨年10月からは、インターネット上に医療相談室「メディカルパーク」を開設した。本システムは、一般の方々が抱いている医療に関する悩みや疑問をインターネットという新しいメディアを利用して答えようという試みである。医療相談室ホームページから所定の様式にしたがって投稿された質問を当地区医師会のそれぞれの専門医が回答し、ホームページにQ and A形式に掲載している。ある量が蓄積された段階で、キーワードで検索できる機能を追加し、「メディカルパーク」を訪れることで、よく質問される疑問には答えられる医療相談データベースの構築も目指している。「メディカルパーク」には現在までに40程の質問が寄せられたが、いずれも患者の真剣な悩みが語られており、それに対する回答も大変的確なものである。「メディカルパーク」が地域の人々に有益なシステムとして機能していると実感している。

さらに、本年5月から医師会の検査データを既存のイントラネット網を利用してオンラインで参照できるサービスを開始した。これにより検査結果を迅速に、時系列でかつグラフ化して参照することができるようになった。今後は、患者側のコンセンサスを得た上で、別々の医療機関からもデータを共有することができるようにし、無駄な検査をなくすなど、医療機関にとってのみならず、患者サイドにとっても利便性の高いシステムに育てていきたと考えている。なお、この参照システムを含めすべてのプログラムは医師会の独自開発である。

以上、ここ2年間、急速な勢いで進めてきたわわわれ医師会の医療情報ネットワークについて、その立ち上げのいきさつや概略について述べた。冒頭でも述べたように、この情報システムは明確な目的があって始めたものではない。むしろ、情報化とは比較的馴染みにくい医師会という組織に、情報ネットワークというインフラを持ち込んだらどうなるのかという実験的な試みであったと考えている。結果は予想以上に大きな影響を地域医療にもたらした。それは外には「情報開示」、内には「連携」が進んだということであろう。一般の方々にとっては、医療マップを含む各医療機関の専門分野、休診日、診察時間、休日診療所の当番医などが開示されたし、医療相談を通して質問に応じた医療知識の公開、開示が実現された。また、検査結果を表としてまたグラフ化して積極的に患者サイドに公開できる基盤ができた。一方、われわれ医療提供側にとっては医師会、看護婦、各医療機関でのコミュニケーション量が大幅に増大し、お互いの連携が確実に推進したことが特筆に価するであろう。地域の中での医療の質の向上は、各医療機関が個々として機能するだけではなく、相互に連携し合い地域全体として機能することにある。その連携の根幹になるインフラが医療情報ネットワークの役割と考えている。まだ始まったばかりの情報化であり、情報開示や医療機関連携もこれからという段階ではあるが、情報化が地域医療の向上に寄与する有効な武器であることに異論の余地はない。

プロフィール

医療法人三原皮膚科理事長。昭和25年2月8日東京生まれ。鶴岡市錦町17-3。

昭和51年東京慈恵会医科大学卒業後、同大学皮膚科学教室に入局。昭和57年に医学博士。昭和57年から2年間ニューヨーク大学留学、皮膚病理学の世界第一人者であるアッカーマン教授のもとで皮膚病理学を2年間研鑚。昭和60年、東京慈恵会医科大学皮膚科学講師、平成5年、亡父のあとを継いで皮膚科医院を開業。通常の診察のほか皮膚病理の診断業務も行う。

コンピュータ歴は昭和52年のアップルIIに始まり、PC98、DOS/V、とたどり現在は窓派。また、,MacOS、FreeBSD、Linux、SolarisとOSは一通りかじる。現在はJavaに熱中。鶴岡地区医師会監事、同医療情報システム委員長、山形県医療情報システム委員長。

[荘内銀行広報誌より]