医療と介護を繋ぐヘルスケア・ソーシャル・ネットワーク
中目千之、三原一郎
去年の冬.3月末で佐藤会長をはじめ何人かの先生がお辞めになる事が決まっており、新しい役員の先生方をさがしていだ時、それも大事だけど、今、医師会(健康管理センター)にある汎用コンピュータはよく壊れるし.金くい虫だ。何とかならなんのかという意見が出た.確かによく壊れる。職員で修復不可能で、頻繁に富士通の人が呼ばれる。そのたぴに金が支払われる。やがて.2000年対応という問題が浮上してきた。つまり、2000年になると末尾が00となり、コンピュタが作動しないという(キカイ昔痴の小生にはよくわからないが)。事務局や、一部この方面に明るい先生方から.パソコンによるOA化をセンタ全体でやるべきだという案が出された。ざあ一っと見渡しても、これをまかせられる程精通した役員の先生方はいないようだ。4月からの新しい役員の先生に、是非この方面に明るい先生をという事になった。情報収集した。いたいた.三原一郎先生。噂によると医局にいる頃からパソコンにはまっていて、才タクどころかセミプロに近いらしい(小生にはその違いもわからない)。早連電話して会う。とくとくと先生に自羽の矢をあてたわけを説明。従来の医師会の仕事はしなくてもいいから、センターのパソコンOA化だけやってくれればいいと。監事で承諾。半年位たって.ようやく医師会活動になじんだ去年の暮れ頃より三原先生活動開始。
今年に入り、ホームページを花火のように打ち上げた。これは単なるPR。次いで、医師全員同士がパソコンによるメールのやりとりで意見交換すべく、イントラネットを作り、 現在47名がこのイントラネットトに加入。やがて.在宅医療の分野で医師が不在の時、代わりの医師が往診する24時間連携をグループを作って行おうという事になり、それならお互いの在宅医療患者ざんの情報を入力しておいて、代わりの往診を依頼ざれた時、パソコンを開いてこの情報を得た上で往診するというシステムがよいという事になり、このンステムを確立。現在、112名の患者さんの情報が入力されている。この患者情報データベースも全て、三原先生ひとりでプログラムを作った。「ここの部分はこのようにしてくれると入力しやすいけど」と彼にいうと、3日後にはちやんとお願いした通りの画面に作りかてられている。パソコン上で数人の医師が、患者さんの病状に関する情報を共有しているということを.患者さんおよぴ家族に知らせるべきか.同意書までとるべきか今、イントラネットで激しい意見の交換が交わされている。
センターのOA化はます経理から始まった。OA化するにも、経理の内容がわからなければプログラムは作れない。三原先生に限らず我々医師は.いったいに経理のような分野はすこぷる弱い。彼はそれこそ毎日.昼休みの2時間経理課に通い、自分が理解出未るまで仕事の内容を逐一説明してもらった。夜も出かけて続きを聞いた。そこからプロクラム作成に入り、経理は徐々にパソコンの方式になってきている。彼は、医師会内に新しいサーパを取り付ける時な どは、独っ夜遅くまでコンビュータ室に閉じこもって作業をしている。県内広しといえど、今どき昼も夜も医師会に通いつめている医者がいるか。夜、胃の読影のあとにコンピュータ室を覗いたら彼がいた。少し世間話をした。「おれ達 、いろんな意味ではまってしまったなあ。」「そうですね。見ての通り、私もどっぷりはまってるすよ。]「走るか。ここまで来たら。」「こうなったら走るだけ走りましょう。」「ようし、おれもいのししだ。走るべ。」
(山形県医師会会報 平成9年9月 第553号 13ページ)