「先進的IT活用による医療を中心とした

ネットワーク化推進事業」に参画するに当たって

鶴岡地区医師会 医療情報システム委員 三原一郎


はじめに

 この度、鶴岡地区医師会は経済産業省による「先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業」(総額58億円)に参画することが了承されました。本事業には全国から170を越す大手病院、医師会の応募があり、最終的には26施設が参加することになったと聞いております。

 今回の事業のテーマは「電子カルテを中心とした地域医療機関連携 ・ 統合型医療情報システム」を新規に開発し、それを地域の医療現場で実際に運用し、医療分野におけるその有用性を検証することにあります。さらに、単に実験に留まらず事業終了後も、システムの全体または一部が継続的に医療の中で利用されるものであることが義務付けられています。

 われわれは、新宿区医師会の包括的ケアシステム「ゆーねっと」ですでに実績のある(株)ニコンを開発パートナーとし、当地区医師会が実験のためのフィールドを提供する、ということで本事業に応募しました。その内容は「1生涯/1患者/1カルテ機能を持つ地域電子カルテ構築事業」と銘打ち、「地域内医療福祉機関をイントラネット化し、電子カルテサーバによる地域での診療情報の共有を行う。また、同様システムを稼動中の東京都新宿区医師会と連携し、二次医療圏間で診療情報を共有し、1生涯/1患者/1カルテに向けた実証実験を施行する」としております。具体的には、既存のネットワークを利用し、地域電子カルテサーバで患者情報を一括管理することで、地域内でのカルテの共有を可能とします。また、カルテの共有は患者が受診した医療機関に限定され、セキュリティーにも考慮したシステムとします。さらに、新宿区医師会と協力し、二次医療圏間でのカルテの共有実験も行います。本年末までに開発を終え、年末より来年2月まで医療現場で実際に運用し、その成果を納品、報告する予定にしております。以下に事業の具体的な概要を説明します。

背景

 まずは、当地区医師会の現況を述べます。当地区医師会がカバーする二次医療圏は、鶴岡市とその周辺の町村(人口10数万)から構成され、鶴岡市立荘内病院を中核病院とし、約100の医療機関が所属しています。当地区医師会では、1997年より、ネットワークを活用したよりよい医療を目指して情報化を推進してきました。

 まず1997年に、医師会館内にイントラネットサーバを設置し、医師会、医療機関、訪問看護ステーションなどを相互に結ぶ地域限局型のパソコンネットワークを構築しました。このネットワークを利用して、さまざまな医療情報の流通を促すとともに、以下に述べるようなシステムを構築し活用してきました。

 在宅患者情報共有システム:在宅患者を24時間体制でケアーすることを支援するシステムです。医師会のサーバ上に患者情報をDB化し、それを3?5人の連携医(3?5人のグループ)で共有します。このシステムの利用で、主治医の不在時の対応が簡便化されました。現在300名の患者を登録し、10名の医師がこのシステムを利用しています。

 訪問看護介護システム:訪問看護している在宅患者をデータベース化し、データベースより訪問看護計画書や報告書、看護サマリなどの各種書類を自動作成するシステムです。これら書類はメールなどを利用し、主治医間とでやりとりされています。

 臨床検査オンラインシステム:医師会の臨床検査データを既存のイントラネットを利用してオンラインで閲覧できるようにしたシステムです。より迅速に、時系列あるはグラフ化して検査データを閲覧できるようになりました。しかし、個人情報保護の問題もあり、医療機関同士で共有するまでには至っていません。

 医療機関の機能開示:当地区のすべての医療機関から、どんな検査や治療が可能であるかなどの診療機能の開示を求め、それをデータベース化し、冊子やイントラネットなどで公開しました。医療機関連携の基礎データとなるものです。

 現在、100医療機関のうち約70の施設がイントラネットに参加しています。

 なお、ネットワークの構築から、システムの開発まですべて医師会で独自に行いました。いわば自社開発です。

課題

 さて、われわれの課題ですが、上述したように在宅患者情報、検査データ、医療機関情報など部分的なデジタル化は進んでいるものの、それらが統合されて機能している状況にはありません。これらの情報を統合するとともに電子カルテによる患者情報を中心に据えた、患者指向の情報システムの開発が望まれます。また、ネットワークが存在するものの、その恩恵はあくまで医師側サイドが享受しており、患者側の利便性の向上や医療を効率化するまでには到っていません。さらに、地域電子カルテを進めて行くと、市内に大手企業の工場 ・ 事業所が多く首都圏との人口流出入が特に多い鶴岡市の場合、地域を跨いだ患者情報共有が望まれます。

目標

以上を踏まえ、以下を本事業の目標として挙げました。

1)
地域1患者1カルテを実現することで、地域での患者情報を共有し、医療機関の役割分担、医療連携を推進し、医療の効率的な提供を目指す。
2)
従来からある在宅患者情報、看護情報(看護指示書、計画書、報告書、看護サマリなど)、さらには、介護情報(サービス利用票、ケアプランなど)を、電子カルテシステムに統合し、主治医と看護、介護が一体となったより質の高い在宅医療を目指す。
3)
検査データの電子カルテシステムへのリアルタイムな取り込みを可能する。より迅速でビジュアルなデータとすることで、患者サービス、患者教育の向上を目指す。
4)
同じシステムで稼動する新宿区医師会と連携し、医療圏を越えた1生涯/1患者/1カルテによる全国レベルでの患者情報共有の基礎的な検証実験を行う。

概要

今回提案したシステムの概要を説明します。 ネットワーク環境(図1) 図を参照して下さい。ネットワークは既存のイントラネットを利用します。医師会内に地域電子カルテサーバを設置し、そこに患者情報が保管されます。診療所、訪問看護ステーション、市立病院は、このサーバとISN64回線で接続し患者情報を共有します。なお、中核病院側には、病診連携室、内科、放射線科などに5台の電子カルテ端末を設置します。 また、新宿医師会とは、ISDN回線を利用し、地域を越えた患者情報の共有を行います。 ソフトウエア構成は以下となります(図2)。

1)地域電子カルテシステム『画郵net』
今回提案するシステムのコアになる部分です。基本的な部分はニコンで開発を終え、現在新宿区医師会で稼動しております。患者データを医師会の地域電子カルテサーバで一括管理することで、患者情報が各医療機関で共有されます。なお、共有は患者が受診した医療機関に限定されます。

今回の提案では、このシステムをベースに以下に述べる機能を追加します。
2)放射線情報管理機能
従来、診療所から病院へCTなどの検査を依頼する際、患者は予約、検査、結果、の3回にわたり病院を受診する必要がありました。電子カルテを媒介することで、患者さんは検査のときだけ、病院を受診すればよいことになります。
3)訪問看護管理機能
看護業務側からは、訪問介護計画書、報告書、看護サマリなどの看護情報やサービス利用票、ケアプラン情報など介護情報が発行され、その時点で電子カルテに貼りつきます。以後は主治医が電子カルテを介して、看護や介護情報を閲覧できるようになります。一方、主治医はカルテ情報から簡単に訪問看護指示書を作成できます。また、訪問看護婦から主治医へのメール情報も電子カルテに取り込まれます。
4)検体検査管理機能
医師会に提出された検査データは、結果が出次第、HL7(検査データの標準化されたフォーマット)を介して自動的に電子カルテに貼り付けられます。
5)新着情報アラート機能
上記の看護婦からの報告や他院からの紹介状があった場合に、その患者のカルテを開かなくても、その旨が分かるアラート機能を新規に開発します。
6)1生涯/1患者/1カルテ機能
地域間で患者情報を共有、管理する機能を提供します。

事業の名称とシンボルマーク

 本プロジェクトの愛称をNet4U (the New e-teamwork by 4Units)としました。4 Units とは「病院 ・ 診療所 ・ 看護介護 ・ 検査センター」のことで、読みからあなたの(健康の)ためのネットワークという意味も表現しています。また、シンボルマーク(ロゴ)を図3のごとく作成しました。医師会を中心に病院、診療所、看護介護、検査センターの連携が表現されています。

効果

期待される医療上の効果には、次のような事項が挙げられます。

  • 医療連携、かかりつけ医制、医療機能分担の推進
  • 重複検査、重複投薬、薬ののみ合せによる薬害防止
  • 医療経済的観点からは医療提供の効率化による医療費の抑制
  • 医療の透明化
  • 中核病院や休日夜間診療所など救急外来での患者情報閲覧
  • 病院、保健所、福祉、自治体などとの連携が進まない
  • EBMへの応用
  • 患者の受診場所にとらわれない、医療機関間での患者情報の共有

参加施設

鶴岡市立荘内病院、鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院ほか2病院、訪問看護ステーション、診療所21施設

評価

実証実験の評価内容は以下を考えています。

1)1生涯/1患者/1カルテ機能の評価
新宿区医師会での包括的ケアシステム(ゆーねっと)に登録された患者に、鶴岡地区医師会の本事業参加医療機関を受診してもらい、画像を含めたカルテ情報を共有できるかを検証する。
2)検体検査システム連携機能の評価
鶴岡地区医師会が運営する臨床検査センターに提出した検体検査の結果がリアルタイムに該当患者の地域電子カルテから閲覧できるかを検証する。また、結果の表示を経時的あるいはグラフ化して患者に提供し、インフォームドコンセントあるいは患者サービスにどの程度役立ったかを各医療機関へのアンケート調査で評価する。
3)放射線検査連携機能の評価
診療所からの中核病院である荘内病院への放射線科依頼(CTやMRなどの撮影依頼)は、従来予約、検査(撮影)、結果受理の3回の受診が必要であった。地域電子カルテシステムを利用することで、放射線科依頼の際の荘内病院への受診回数の逓減が期待される。そこで、荘内病院への放射線科依頼患者数とその受診回数を調査し、逓減効果を評価する。また、実際の運用が病診連携室を介して行われる場合は、運用の手間などを聞き取り調査し評価する。
4)訪問看護連携機能の評価
従来、各医療機関と訪問看護ステーションとの間では、訪問看護指示書、報告書、訪問看護サマリーなどの看護情報、サービス利用票、サービス利用別表などのケアプラン情報などがおもに紙情報としてやりとりされている。今回のシステムでは、これら情報をデジタル化するとともに、情報伝達を地域電子カルテを介した、すなわち患者を中心に据えた方式への移行を試みることになる。そこで、評価項目を上記情報の入力やデジタル化する際の手間、地域電子カルテ上で閲覧する際の操作性、これら情報を電子カルテを介して共有する際の利便性などをおもにアンケート調査を通して評価する。
5)操作性の検証
電子カルテそのものの使い勝手を評価する。操作習得の容易さ、操作自体の容易さ、レスポンスなどの項目を設定し、全参加医療機関にアンケート調査を実施し評価する。
6)運用方式の検証
今回の地域電子カルテシステムの運用は、従来の紙カルテとの併用であり、従来より手間がかかることが想定される。例えば、地域電子カルテに入力した所見、処方などを印刷して従来の紙カルテに添付する方法や、医師は従来と同様に紙カルテのみの記載とし、スタッフが情報を入力するなどの運用方法を試み、これらが実用に値するものであるかを聞き取り調査し評価する。
7)患者の利便性の向上、医療経済観点からの評価
地域電子カルテを導入することによって得られた各種効果の評価を行う。今回の事業での、地域電子カルテサーバへの患者登録数は500?1000と見込まれる。これら登録患者がどの程度に複数の医療機関を受診しているかを調査し、診療情報を共有することで実際の診療におけるメリットを病診連携の視点、重複投薬、重複検査の防止の観点などからアンケート調査を実施して評価する。

おわりに

 医療費の高騰、医療事故の多発、募る医療不信など医療を取り巻く情勢は厳しいものがあります。われわれには、より効率的で、安全で、透明度の高い医療の提供が求められています。電子カルテにより患者情報を共有するという本事業の試みは、医療に求められているこれら諸問題の解決の糸口になり得るものであり、何よりも患者さんにとってメリットの多いシステムとなると期待されます。本事業を実験だけで終わらせることなく「1地域/1患者/1カルテ」を当地区に根付かせるとともに、このシステムを全県に拡大して行きたいと考えているところです。本事業へのご理解、ご協力の程、よろしくお願い申し上げます。